環ROYの様式に囚われないパフォーマンスの場所性と音楽への姿勢

点と点をつなぐインタビュー vol.4

環ROYの様式に囚われない
パフォーマンスの場所性と音楽への姿勢
環ROY × 大久保雅基

3年ぶりとなる新曲『Protect You』を発表した、ミュージシャンでラッパーの環ROYさん。去る2017年夏、せんだいメディアテーク1階のオープンスクエアで、フルアルバム『なぎ』を引っ提げてのワンマンツアーを行った。様式に囚われないパフォーマンスと場所性について、そして『なぎ』の制作について、仙台在住の音楽家・大久保雅基さんが話を聞いた。


ラベリングされない空間

大久保雅基(以下、大久保)
2017年の夏に「なぎ ワンマンツアー2017」として、せんだいメディアテークのオープンスクエアでライブをされましたね。メディアテークを会場に選んだ理由は何かありますか?

環ROY (以下、環)
ライブハウス、クラブ、路上、カフェ、コンビニとか、使用される用途がラベリングされている場所が多くて、空間として曖昧な場所というのは世の中にそんなに存在しないですよね。
でも、メディアテークに関しては「オープンスクエア」と歌っていて「開かれている広場」としか言ってないから、どんなふうに使っても良いわけじゃないですか。
その曖昧さが、自分自身のパフォーマンスをフレーミングしないまま、取り組むことができる場所なんじゃないかという思いがあったんです。そういう場所でできるということは、僕にとって重要なんですよ。
音楽ライブなのか、ダンスの公演なのか、演劇なのか、捉えられ方はいろいろあるんですが、どれでもあるし、どれでもないみたいなことが、音楽を軸としてできたらいいなと考えていて、実行しようとした時には、空間が明確にラベリングされていない方が、取り組みやすいなという気持ちがあるんですよね。

大久保
「空間が明確にラベリングされている」とは、どういうことですか?


ラベリングされている空間とは、ライブハウスのようにアーティストと観客が対面する設計がされていたり、音響のシステムが既にインストールされている空間のことです。
「ここは何をする場所なのか」をゼロから考えられる場所の方が、取り組む時のモチベーションが強く維持しやすいですね。

大久保
メディアテークの公演では、会場の中央に正方形のステージがあり、その4辺に客席が配置され、まるでボクシングのリングのように見えました。この配置も環さんのアイデアなんですか?


あれが、けっこう基本にしたいくらいの構成なんですよね。ボクシングのリングに見えたという人もいるし、他の見え方してる人もいると思うんです。モダンな一人芝居を見に来たとか。
ライブハウスでやると、来る前の時点から音楽ライブなんだという認識になる。
クラブでやると、「ここでダンスミュージックが流れるんだ」とか、「だいたい四拍子の曲しか流れないんだろうな」とか、「四拍子で低音が効いてて、大きい音でみんな体を揺らすんだろうな」って思いながら来るじゃないですか。
でも、何があるんだろうなって思いながら会場に来てもらえたら、すごく頑張ろうって気分になるんですよね。

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大久保
美術館のホワイトキューブのように、どのような作品が置かれるかによって空間が変化するような場所を、音楽のパフォーマンスをする場所にも求めているということですか?


そうですね。または逆に、自然の中とか何にもないところとか。かといって、野外フェスティバルとも違って。だから、形式化されていない時点から、パフォーマンスをつくれるっていう機会がすごくありがたく感じます。

ヒップホップという様式から
自然と自由になっていい

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大久保
現在の環さんは、ポピュラー音楽のアーティストとしてアルバムを出してライブをするのと、他のアーティストとコラボして作品を創作する、異なる2つの活動がありますよね。それぞれは異なるフォーマットに沿って表現を考える必要があるのではないでしょうか?


コンテンポラリーダンサーの島地保武さんとの舞台「ありか」


そうですね。ポピュラー音楽はステレオで作らなきゃいけないし、リリースツアーをするにはCDで音楽を販売する制限もある。

大久保
CDに収録する曲とライブでやる曲は、根本的に音楽として違うものだと思うんです。例えば声を重ねる表現は、CDでは良きタイミングに重なるよう録音していきますが、ライブでは予め録音しておいた音源を、今歌っている歌に合わせてタイミングよく再生する、という風に順序が異なるので、表現も違うものになると思います。


僕もそう思う。

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大久保
クラブにラップを聞きに行くとすれば、向かい合ったラッパーの煽りで盛り上がって楽しむことが一般的ですが、環さんのライブでは四方向から、ラップをしている体の動きを多角的に観ることができて面白いなと思いました。
CD『なぎ』のリリースツアーとして、音楽はポップスのフォーマットに合わせて作っているけど、ライブで音楽を拡張させるために、四方向から観るようなフォーマットにされたんですか?


そうですね。もう全部言ってもらってる感じですね(笑)。人々の音楽に対する感度は、もうちょっと広くてもいいんじゃないっていう抵抗勢力なのかもしれない。時間が経過していくごとに、カテゴリとかジャンルが細分化されるから、ラベリングされたものごとの観念が狭まっていくわけじゃないですか。だから、そういう意味で音楽って、CDで売られてたり、『ミュージックステーション』で流れてたり、ラジオで流れてくる四拍子の平均律が載っているものを音楽って思っている人が相当多いと思うから。大久保くんがやっていることなんて、音楽じゃないでしょって思う人相当多いと思うよ。

大久保
作品ごとに明確なコンセプトを設定しているのですが、多くの人には伝わりませんね(笑)。


正直ね。でも俺はそういう世界が辛いからさ。別に、ジョン・ケージの「4分33秒」(1) じゃないけど、「はい、演奏始まった」っていう瞬間に観念の周波数が変わって、今流れてる音が音楽に聞こえるっていうことができるっていうのが、人間の知性とか理性とかによるもので、それが人間っぽさっていうか、人間が持っている楽しみっていうか。だから、そういうのを引き続き大切にしていければ良いなっていうのを思っているんだけど。

(1)アメリカの作曲家ジョン・ケージが作曲。ステージに演奏家が登壇するが、4分33秒の間何も演奏しないという作品。音を鳴らさないことで、音楽という概念そのものを覆す。

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大久保
他のインタビューでも「物事がどんどんラベリングされていって細分化されている現代において、日本語がもつ抽象的な要素を使って『なぎ』をつくった」というようなことを仰ってましたね。いわゆる「ヒップホップ」とは距離を置こうとしているのでしょうか?


4、5年前は取り立ててそうしようと強く思いながら、自分自身をそういう方向に牽引していたのですが、今はそういうことすらも思わなくなりました。ヒップホップという名前、ジャンル、カテゴライズって様式じゃないですか。

例えば、初詣に行くときに日本神話とか天皇を思って行く人って少ないじゃないですか。ただなんとなく、一月一日で新年だから、「初詣しに遊びに行こう、散歩しよう」って感じで。元の様式がなんだったのかは忘れてるけど、心の中に内面化されて自然と行くものに変化していってると思います。

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ヒップホップにもそれは起きていて。いつしかヒップホップって「ラップとかしてるとヒップホップなのかな」みたいな感じになって行くと思うんです。

元々は黒人がどうとか、ギャングがどうとか貧困層がっていうオリジンがあったのかもしれないけど、そういうことは時間が経って行くと薄れていって、「リズミカルにおしゃべりして面白いこと言う、音楽みたいな、文学みたいなのをヒップホップって言うよね」となっていくと思うんです。僕自身の中ではそうなってきているので、そういう気持ちで取り組んでいます。

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大久保
なるほど。


電子音楽でも、みんなCubaseとかAbleton Live(2)とか使っているけど、EDM作っているやつは、シュットクハウゼン(3)の研究の恩恵にあやかってるとは誰も言わないし。「シュトックハウゼンを尊敬してないからダメだ」とも誰も言わないよね。
でもヒップホップはまだ、アフリカ・バンバータ(4)とかグランドマスター・フラッシュ(5)とかオリジンを知ってて勉強しなきゃいけないって言う勢力が働いている。あと15年ぐらいしたらなくなるでしょ。

(2) Steingerg社のCubase、Ableton社のLiveという音楽制作・波形編集ソフト。
(3)カールハインツ・シュトックハウゼン 20世紀後半の現代音楽に大きな影響を与えたドイツの作曲家。電子音楽も早期に取り組んだ。
(4)アフリカ・バンバータ ラップ、DJ、ブレイクダンス、グラフィティなどの黒人文化を「ヒップホップ」と名付けたDJ。代表曲として『プラネット・ロック』
(5)グランドマスター・フラッシュ それまでパーティの音楽とされていたラップに、ゲットーの苦難や社会批判を乗せ、新しいラップのスタイルを作り出した。代表曲として『ザ・メッセージ』

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大久保
環さんがYouTubeにアップしているミュージックビデオに、あるアメリカ人が「アメリカのヒップホップはどれも似たような感じだが、俺は最近アジアの方が面白いと思っている」とコメントしていました。


フルコトブミ / 環ROY のYouTubeコメント欄 より


その人、本当にアメリカ人なのかな? アメリカ人はアメリカ人で楽しんでて、あの中で多様性を生み出せるんだけど。アメリカ人って空間を埋めることしか考えてないというか、出汁の味とかわからない人が多い。日本人を好きになる気がしないんだよね。ヨーロッパ人だと思う。

大久保
確かにアメリカ人だと、商業的なコラボくらいにしか日本のことを思ってないかな。ヒップホップのアーティストも村上隆とコラボしていましたよね?


カニエ・ウェスト。でもまあ、村上隆はラインを超越しちゃってるじゃん。

大久保
いや、すごいですよね。


村上隆の一番の顧客は、シリコンバレーの大富豪のオタクなんだって。

大久保
へぇ。そういう人たちの観念に響くんだ。

言いたいことは言う、
でも主張しない日本らしさ

大久保
環さんの歌詞は、風景が凄くキラキラして目に浮かぶことが多くて、言葉だけなのに視覚化されるのが凄いと思っていたんですが、『なぎ』ではその手法が更に洗練されたように感じました。

『少年モンスター』(2006年)や『BREAK BOY』(2010年)のころは具体的な批判が多かったと思うのですが、最近の『ラッキー』(2013年)や『なぎ』では抽象的なメッセージになってきたように思います。特に『なぎ』では、現象や人々のコミュニケーションを風景として捉えて、俯瞰して物事を見ているような印象があったのですが、それは意識してやってるんですか?


そうですね、すごく意識してやっていますね。最初に言っていた、『BREAK BOY』とか『あっちとこっち』(2011年)は、もう8年前の作品になるんですが、歳を重ねることで世界観が変わってくるっていうのがまず一つですね。

なんとも言葉にできないんですが、日本語っていう言語や日本人の行動様式とか文化とか、もっというと日本人らしさっていうのは、あまり主張をしないんだけど、主張しないことによる良さがあるなってぼんやりとあって。

でも、やはり言いたいことはとてもあるんです。僕の世界観でこの世界は、あんまり生きやすい世界だと感じられないんで。だから、こうあって欲しいなと言いたいことがたくさんある。言いたいことは言わないとモチベーションがしっかりしないので。
言いたいことは言いつつ、でも主張しないっていう、割とアクロバットなことを考え始めると、言いたいことをどんどん抽象化していくっていう手法になっていってるんです。

だから、非常にエッセンシャルなレイヤーには、ものすごく言いたいことが詰まっているんですが、それが抽象的に抜き出されていくことで、聞こえている表層ではあまり主張がないように聞こえているだけっていう状態を作り出すことで、自分の動機を駆動させながらちゃんと作品を完成するところへ到達させようとしています。

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大久保
環さんの歌詞を聞いていると、恋愛関係なのか友達関係なのか分からないことがあります。どっちでも言えるなと思える歌詞があって。それは抽象化していった結果なんですか?


そうですね。主に例え話に変換していくって作業が多いですね。

大久保
『なぎ』に収録された『フルコトブミ』は、古事記から発想を得られたそうですが、最初は恋愛で別れてしまったカップルの話なんだなってずっと聞いていて。後で、古事記の話を元ネタにしているのが分かり、古事記のストーリーを読んで歌詞を見直したら、古事記に書かれていない現代の風景も出てくる。古事記の話に現代の風景を混ぜているんですか?


フルコトブミ / 環 ROY


フルコトブミ
環ROY

昼と夜が分かれる前
まだ何もない すべての手前
真ん中にひとつの思いが生まれた瞬間に隠れた
そしていま街角から空を眺めてると
決まりごとがわかりはじめるよ
委ねられた二人
幾つもの理由を名前に変えたよ
声を聞いて赤くなった太陽
輪郭が確かになった街灯
デコとボコ 重なるちいさな隙間
繋がるために向き合った
いつのまにか増え続けてた理由
最後に触れる名前のことを知る
離れ 離れ だから
少し遠いそこへ迎えにいくよ

いったりきたりするおもいが
なまえとともにカタチへとかわる

約束 すこしの間の約束

長く続いた坂道 終わり
この先はこっちではないあっち
境目を隔てて呼びかける
反転してるような少し遠い道

帰ろうよ 出てきて そこから
帰りたいけど もう戻れない
小さい灯りで覗き込むと
二人はもう違った
もといた街へ引き返す
帰り道の坂道
後ろ髪引く記憶 騒がしい
離れ離れの朝は新しい
朝の光 川面 輝き
流れていく澄んだ水 瞬き
僕ら涙と鼻水を流し
その理由すらも名前に変わり 一回り
いったりきたりするおもいが
なまえとともにカタチへと変わる



古事記に書かれていることを、現代の風景に置き換えていますね。古事記って神話的なことなので、映画『インターステラー』(6)みたいに誰かがそう思えばその置き換えは起こりうる。並行世界というか、過去にあったものなら、じゃあ今にもあるだろうと。

(6)クリストファー・ノーラン監督による2014年に発表されたSF映画。宇宙飛行士の主人公はワームホールを通過し別の銀河系へと行き、地球に戻ってくるまでに次元の間を移動する。

でもたぶんそれって、別に男女のカップルの間でも、猿がホモ・サピエンスになってからずっと繰り返している何かではあると思うんですよ。だから、僕と妻がいて子どもが生まれて、その子どもを見ている時に生まれていく思い出とか言ってもいいし。5000年前とか2万年前とかのホモ・サピエンスのカップルのそれでもいいし。イザナミとイザナギの間で起きたことでもいいですし。神話的な何かくらいの感じなんですよ。抽象的ですよね。

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大久保
『フルコトブミ』は古事記のイザナギとイザナミが生まれたシーンから、黄泉平坂から逃げ出して、イザナギが水で清めたシーンまでのサンプリングなのかなと思いました。
例えばイザナギとイザナミが行動するたびに何かを生み出して名前を付けていったのは、現代のカップルが2人のルールを決めたり、モヤモヤした気持ちを言葉にしたりすること。イザナミが死んで黄泉の国に行って戻れなくなったのは、頑なに自分の殻に籠もってしまった恋人に置き換えているのかなと思いました。


それはどうぞ勝手に解釈してください。勝手に「こうなのかな?」って自分を投影しちゃっている現象だから、それがいいんです。鑑賞っていう行為そのものが、自分が何かわからないけど無意識にどこかで気になることを投影するものだから。だから、鑑賞の翻訳はすごくいいんじゃない、鑑みるっていう字が入っていて。だから、僕はいい作品はそれぞれが自分を投影して、キュアをもたらすものだという風に考えていますね。

大久保
環さんは鑑賞者に解釈を委ねていて、さらに自分を投影してもらえるような作品を作っているんですね。ヒップホップの歴史に途中参加した日本人であるから、そのエッセンスを汲み取り日本語の抽象性を巧みに操って現代のヒップホップを作っていらっしゃる。従来のヒップホップから拡張した表現を行っているように見えて、実は多様性を認めるヒップホップを正統に継承していることが分かりました。ありがとうございました。

※このインタビューは2017年に仙台で行われたものです。

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環ROY
1981年、宮城県生まれ。東京都在住。これまでに5枚の音楽アルバムを発表、国内外の様々な音楽祭に出演。その他、パフォーマンスやインスタレーション、映画音楽、広告音楽、絵本などを制作。コラボレーションでの制作も多数行う。
http://www.tamakiroy.com/

2020
パフォーマンス作品「ありか」を「島地保武」とともに制作/パリ日本文化会館で上演

2019
日本科学未来館 ジオ・コスモス 常設展示「未来の地層 Digging the Future」の音楽を制作
絵本「まいにちたのしい」をオオクボリュウ、鎮座DOPENESSとともに発表
U-zhaan&坂本龍一 feat.環ROY×鎮座DOPENESSとしてミュージックビデオ「エナジー風呂」を発表
東京コレクションで発表されたANEI「F/W Runway」のショー音楽を制作

2018
ミュージックビデオ「ことの次第」が第21回文化庁メディア芸術祭にて審査委員会推薦作品へ入選
「矢野顕子」のCDアルバム「ふたりぼっちで行こう」へゲストボーカルとして参加
無印良品 CF「MUJI HOTEL SHENZHEN」へ出演
SONY PlayStation4 CF「PS4® Lineup 2018」の音楽へ参加 (58th ACC TOKYO CREATIVTY AWARDS ゴールド賞)

新曲「Protect You」 2020年8月5日発売

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高い評価を獲得したフルアルバム「なぎ」から3年ぶりとなる環ROYの新曲。
ラップは勿論、トラックメイキングも全て自身で行った完全セルフ・プロデュース楽曲。
井手内創が監督したMV、青木柊野による新しいアーティスト写真、環ROYによるPLAYLIST「in any case」も同時に公開されている。
https://ssm.lnk.to/protectyou

大久保雅基
1988年宮城県仙台市出身。音響技術やアルゴリズム作曲法を用いて、テクノロジーと音・演奏を融合させた新たな音楽表現を模索している。音にまつわる作家を取り上げクリエイティビティを共有する団体toneの代表。洗足学園音楽大学 音楽・音響デザインコースを成績優秀者として卒業。情報科学芸術大学院大学[IAMAS]メディア表現研究科 修士課程修了。名古屋芸術大学芸術学部デザイン領域、愛知淑徳大学人間情報学部非常勤講師。先端芸術音楽創作学会、日本電子音楽協会、日本AI音楽学会会員。
https://motokiohkubo.net/

撮影 嵯峨倫寛

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WRITTEN BY
SEN.
仙台の文化の点を線でつなぐ、カルチャーマガジン“セン”。 仙台の文化的な場所やひと、アートなどにフォーカスし、仙台の良さ、仙台らしさを発信すべく、活動の場を広げている。SEN.のウェブメディアでは、仙台に携わる人それぞれの視点で切り取った情報を発信。異分野の人同士がトークを展開する、「点と点をつなぐインタビュー」も配信中。
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